.  .  .  . 

..

よ う こ そ
 おとぎばなし 翼の部屋
   Welcome to world of fairy tales TASQ.

        健全な青少年育成には、夢を描けるメルヘンが、

 なによりのツールです。

  通読され、あなたが面白かったら、子供にも

 読んであげて下さい。

 

   自動ヴァイオリン 1900 年初頭 (アメリカ)

 

 

映画台本 :1

原始生物生態研究所

  

「あぁ」 辰野 一彦は、このカンバンを複雑な気持ちで見上げた。
二年前にも、ここで同じカンバンを見ている。
その日も今日と少しも変わらぬ 自然は何処までも自然だった。

私は恐竜の研究家としては、第一人者だと自負していた。
だからこの研究所で、原始生物が研究されているこしを知って、
ここを訪れたのであった。

この研究所は私の想像を遥かに超え、進んだ研究が行われていた。
私が研究家としての第一人者などという自負は、少なからず
私に恥じらいを与えた。

恐竜を系統的に選別することなどは何処でもやっていることだが、
この研究所独自の仮説をたて、その仮説にそって深く研究が為されていた。
それは二億年以上前に生まれ、一億五千年もの長きに亘って謳歌した
恐竜たちがなぜ突然 全滅に至ったのか。
その答えは、
その@、種には寿命があり、親から子に生命を託していく その回数に、
自ずと限りがあるのでないか。
そのA、種の寿命が限界に達したところに、伝染病などが大流行して、
持ち堪えられなかったのではないか。

これまでの氷河期説や、大隕石落下説などとは全く別のアプローチで
研究されていた。
また、ここでは菌類の研究も平行して行われていた。
私はそれが何を意味するのか全く見当がつかなかった。

例えば、食用菌(きのこ)、発酵食品、抗生物質などの薬品、
生きている私達にも とりつく カビの一種 カブレや水虫、
強酸や強アルカリで生存可能な菌類などなど、
幅広く、それもまた深く研究されていた。

一彦は、ここの所長 五島博士と親しくなった。
「種には寿命がある」と発案したのも、「伝染病などの大流行」と
云ったのも博士だった。
また彼は、「人間の精神病は、脳に取り付いた寄生虫かカビの
せいだ」とか、
「または他の臓器に取り付いて、その分泌物のいたずらかも知れない」
とも云っていた。
だから、「人間という種にも必ず寿命があり、その末期には癌などに
罹るのが低年齢化し、子供の癌発生率が大幅に増えるだろう」と
予測していた。

また、「人間の精神は物質で変わるのだよ。アルコールや麻薬の摂取に
よって性格が変わるのは誰でも知っていることだし、
精神安定剤も調剤という物質。
私達の肉体・精神の総てが、物質に支配されているのです。」
そんな会話をしながら、博士の研究を紹介してもらい研究を手伝って
数週間が過ぎた。


ある日、一人の研究所員が発狂した。
目は完全に狂人のものとなり、刃物を持って暴れまくった。
幸いに、ケガ人もなく取り押さえ、彼は精神安定剤をうたれ、
ベットに手足を縛りつけられた。

この事件は、何か先行きを示唆する一幕でもあった。
五島博士は沈痛な面持ちであったが、この事件については一言も触れなかった。
二・三日して彼は縛られた腕のローブを食いちぎり、研究所を脱走し、
行方不明になっていた。

数日後、私の子供 二人が遊びに来た。
父の職場ではあるが、子供の勉強になる資料も多いので、
所長の許可をいただき見学させた。
博士と私が実験室に入ろうとした時、いきなり顔に泥を浴びせられた。
部屋は土煙 もうもうで、二人の子供が泥を投げ合って喧嘩をしているのである。
周りのフラスコやビーカーも泥だらけで、それはそれは物凄い状態だった。
博士は渋い顔をしていた。

この泥も、実は貴重な研究の資料であった。
恐竜は現在 化石でしか発見されないが、生存当時の地質を調べる
ためには、周囲の土を集めて置く必要がある。
これまでの研究では、土の殆んどが菌類の死骸である事が分かっている。
私は、「恐竜も土に帰るですか」と云うと、
博士は「いや」と言って、一つの写真を持ってきた。
それは私も知っている「夏虫冬草」というもので、
菌の胞子が生きている虫に取り付き、やがては菌が体内を駆逐し、
虫の死骸に きのこを出すというものだ。
私は、「すると、生前の恐竜にこの菌が取り付き、繁殖して
恐竜を死に至らしめたと おっしゃりたいのですか」と
あっけにとられ博士に質問した。
博士は、「それは分からない。その可能性もあるのではないかと考えているだけです」

なんとダイナミックな発想をする方でしょう。
その時はそれで済んだように見えましたが、外で遊んでいた子供達が
大変なものを見つけてきました。
それは例の発狂した研究所員の死体だったのです。

「人が死んでいる」というので私達がかけつけ、一目見たとき背筋に
電撃が走りました。
遺体は死臭もなく、肌は艶々で、マネキンの皮膚のように堅く、
そして耳の後ろからは陰性の美とでも言いましょうか、清楚で可憐な
花にも似た「きのこ」が数本揺れていたのです。
しかし遺体の中は中空になっており、底には米糠のようなサラサラした
粉が少し溜まっていました。

死体は、一目で子供たちが犯人でないことが分かり、簡単な事情聴取で
帰されました。
この事件は、新聞にもテレビにも報道されることはなく秘密裏に処理され、
それが私に妙な不信感を与えました。

二・三日すると、幾人もの人がこの研究所を訪れました。
その中には、知った顔の人もいました。
「えぇーと、あの方は確か政府の要人 防衛庁長官、「えっ」なぜ
政府の要人がこの研究所へ?」
私は、これは徒事(ただごと)でないと思いました。
「生態研究所・政府の要人・戦争・細菌兵器」

女房から電話があり、「二人の子供が帰っていないけれど、
そちらに居るのでしょう」と云うのです。
私はガクゼンとしました。
この事件があって、二人の子供はすぐに帰したはずです。
私はすぐ帰宅し、心当たりを電話したり、警察署に捜索願を
出したりしました。

しかし、この事件に政府が絡んでいるとなると、警察に届けた
ところで どうなるものでもありません。
「二人の子供は、政府が口を封じたのでは」
頭をガーンと殴られたおもいでした。
とすると、この私も今はただ 泳がされているだけでは?


テレビで臨時ニュースがはいりました。
「警察署内で数人の警察官が同時に発狂し 暴れている」というのです。
その顔写真が映しだされました。
見覚えがあります。
あのとき検死に当たっていた人たちです。
その警察官たちが、その後どうなるであろうかは、私には予測がつきました。

ニュースが終わるか終わらないうちに、博士から電話がありました。
すぐ研究所に戻れというのです。
私は、「二人の子供が行方不明で、それはできない」と云うと、
「子供二人は預かっている。一人で人目につかないように来い」と
指示するのです。
女房には、「研究所に子供の手がかりが有るかも知れないから、
ちょっと行ってくる」と言って向かった。

博士は、宇宙服のような格好で出てきた。
私にも同じ物を着るようにと差し出した。
私は咳き込んで、「子供たちは何処に」と云うと、
「無事だ」といって にべもない。

子供たちは、地下牢に入れられていた。
この研究時に地下牢があったなんて。
二人の子供は、私を父親だと気づかなかった。
博士は何度も出入りしているらしく、子供たちは落ち着いていた。

私は、この一連の事件は徒事ではないし、その鍵はこの博士が
握っていると、うすうす感じている。
そこで子供たちは暫くこのままにし、博士の話を聞く事にした。

博士は別の部屋に私を案内した。
そこには、例の死体とそっくり同じの、耳の後ろから「きのこ」を
出した遺体が置かれてた。
それは ここの所員のもので、三時間ほど前に発見されたものだと
云っていた。

私たちは遺体から出ている「きのこ」に いろいろの放射線を当て、
各種フィルターを通して観察することから実験を進めた。

思惑は見事に当たり、肉眼では見えなかった胞子が、
紫のダイヤモンドダストのように立ち上っていた。

博士は沈痛な面持ちで、ポツリと言った。
「人類の最期かもしれないね」


もうこの事件は隠し通せなくなっていた。
数日して、発狂した警察官は ボロボロになり、死亡したと、ニュースは伝えていた。
そしてその原因が、耳の後から出る あの「菌」にあることも・・・・・
博士が子供を監禁したのも、菌から遠ざけるものとわかりました。


このニュースは世界中に報道され、そしてその間にもこの胞子に侵され、
発狂を経て間もなく死亡。
それこそ鼠算式に人々を感染・侵食していったのです。

街は逃げ惑う人たちでいっぱいです。
道路は渋滞し、航空機や船舶で逃れようと空港や港は大混乱です。
しかし各国政府は、菌の持込を阻止しようと、空港や港を閉鎖し、
受け入れ拒否宣言を出しています。
また、軍隊による沿岸警備や、迎撃ミサイルまで用意した所もあります。
ニューヨークでは、粘着シート入りのマスクが、ものすごい高値で売られ、
政府高官などは核シェルターへ避難したとのことです。

更に核兵器の準備もされました。
それはむしろ胞子を全世界に バラ撒く結果になるとの反対意見もあります。

テレビには、ジャーナリストの悲痛な声が響きます。
「街には家族を失い、さ迷う子供達や、足の踏み場もない死体の山で
溢れています。
かって大地震や大津波、猛威を振るったスペイン風邪、
そして忌まわしき戦争と、私たち人類は幾たびも その試練に耐えてきました。
しかし、第三の生物「菌」こよって人類が滅ぶと、誰が予想したことでしよう。
私たちは、人類史 唯一無二のパニックを経験しています。
あぁー、ジャーナリストとしての私も終わりです。
人類のフィナーレに立ち会えた事に誇りを持ち、潔く散ろうではありませんか。
では皆さん、これで終わりです。・・・さようなら・・・」

私も恐竜の絶滅とオーバーラッブして、既に覚悟を決めていました
それにしても、二人の子供たちと 私達は何故生きているのでしょう。
私と博士は、子供たちが来たときからの行動を、残らず再現してみました。
そして「はた」と心に閃くものがありました。
子供たちの喧嘩です。
実験室を泥だらけにしたあの「泥」。
あの泥は、恐竜のその後と関係あるのではないか。
化石が残っているということは、その恐竜は「菌」に侵されなかったのだ。
菌の死骸は、活性菌を寄せ付けない。

子供の喧嘩で、私達はあの泥をたっぶり吸い込んでいる。
私たち二人は顔を見合わせ、すべてが通じてしまいました。

妻からは電話回線がマヒしているため、連絡がありません。
研究所の所員たちは、家族の安否を気づかい、全員研究所を離れました。
私達は、もう実験をしたり、ワクチンを作っている暇はない。
電話回線が使えない以上、私たちも出かけるしかありません。

恐竜の泥をいくばくか持ち、車で出かけました。
それは、今からワクチンの開発を急いでも、ただ無意味に犠牲者を
増すのみです。
それに感染ルートも、喉なのか眼なのか、汗などを媒体して進入しているのかを
掴んでいる分けではありません。
方法は一つ。私たちと同じように、体中に浴びることです。
そしてそれは、犠牲者の遺体に残された あの米ぬかのような粉。
胞子が最も嫌う自らの死骸。

 山の中の研究所とは違い、街に差し掛かったところで私たちの一刻も
早くという気持ちをよそに、車はもう駄目でした。
道路は完全にマヒをし、人影すらありません。

博士と私は、研究所に戻りました。
博士が持っているアマチュア無線機が最後のたのみです。

皮肉にも、通信の取れた相手は、小さなヨットで航海中の・・・
今回のこの事件を全く知らない冒険家でした。
とにかく彼らの助けを借り、復帰へと歩み始めました。

 妻はどうなったのでしょう。気になりますね。・・・作者 

--------------------------------------------------------------------

 「あぁ」 辰野 一彦は、このカンバンを複雑な気持ちで見上げた。
二年前にも、ここで同じカンバンを見ている。
その日も今日と少しも変わらぬ 自然は何処までも自然だった。

私は恐竜の研究家としては、第一人者だと自負していた。
だからこの研究所で、原始生物が研究されているこしを知って、
ここを訪れたのであった。

この研究所は私の想像を遥かに超え、進んだ研究が行われていた。
私が研究家としての第一人者などという自負は、少なからず
私に恥じらいを与えた。

恐竜を系統的に選別することなどは何処でもやっていることだが、
この研究所独自の仮説をたて、その仮説にそって深く研究が為されていた。
それは二億年以上前に生まれ、一億五千年もの長きに亘って謳歌した
恐竜たちがなぜ突然 全滅に至ったのか。
その答えは、
その@、種には寿命があり、親から子に生命を託していく その回数に、
自ずと限りがあるのでないか。
そのA、種の寿命が限界に達したところに、伝染病などが大流行して、
持ち堪えられなかったのではないか。

これまでの氷河期説や、大隕石落下説などとは全く別のアプローチで
研究されていた。
また、ここでは菌類の研究も平行して行われていた。
私はそれが何を意味するのか全く見当がつかなかった。

例えば、食用菌(きのこ)、発酵食品、抗生物質などの薬品、
生きている私達にもとりつく カビの一種 カブレや水虫、
強酸や強アルカリで生存可能な菌類などなど、
幅広く、それもまた深く研究されていた。

一彦は、ここの所長 五島博士と親しくなった。
「種には寿命がある」と発案したのも、「伝染病などの大流行」と
云ったのも博士だった。
また彼は、「人間の精神病は、脳に取り付いた寄生虫かカビの
せいだ」とか、
「または他の臓器に取り付いて、その分泌物のいたずらかも知れない」
とも云っていた。
だから、「人間という種にも必ず寿命があり、その末期には癌などに
罹るのが低年齢化し、子供の癌発生率が大幅に増えるだろう」と
予測していた。

また、「人間の精神は物質で変わるのだよ。アルコールや麻薬の摂取に
よって性格が変わるのは誰でも知っていることだし、
精神安定剤も調剤という物質。
私達の肉体・精神の総てが、物質に支配されているのです。」
そんな会話をしながら、博士の研究を紹介してもらい研究を手伝って
数週間が過ぎた。


ある日、一人の研究所員が発狂した。
目は完全に狂人のものとなり、刃物を持って暴れまくった。
幸いに、ケガ人もなく取り押さえ、彼は精神安定剤をうたれ、
ベットに手足を縛りつけられた。

この事件は、何か先行きを示唆する一幕でもあった。
五島博士は沈痛な面持ちであったが、この事件については一言も触れなかった。
二三日して彼は縛られた腕のローブを食いちぎり、研究所を脱走し、
行方不明になっていた。

数日後、私の子供 二人が遊びに来た。
父の職場ではあるが、子供の勉強になる資料も多いので、
所長の許可をいただき見学させた。
博士と私が実験室に入ろうとした時、いきなり顔に泥を浴びせられた。
部屋は土煙 もうもうで、二人の子供が泥を投げ合って喧嘩をしているのである。
周りのフラスコやビーカーも泥だらけで、それはそれは物凄い状態だった。
博士は渋い顔をしていた。

この泥も、実は貴重な研究の資料であった。
恐竜は現在 化石でしか発見されないが、生存当時の地質を調べる
ためには、周囲の土を集めて置く必要がある。
これまでの研究では、土の殆んどが菌類の死骸である事が分かっている。
私は、「恐竜も土に帰るですか」と云うと、
博士は「いや」と言って、一つの写真を持ってきた。
それは私も知っている「夏虫冬草」というもので、
菌の胞子が生きている虫に取り付き、やがては菌が体内を駆逐し、
虫の死骸に きのこを出すというものだ。
私は、「すると、生前の恐竜にこの菌が取り付き、繁殖して
恐竜を死に至らしめたと おっしゃりたいのですか」と
あっけにとられ博士に質問した。
博士は、「それは分からない。その可能性もあるのではないかと考えているだけです」

なんとダイナミックな発想をする方でしょう。
その時はそれで済んだように見えましたが、外で遊んでいた子供達が
大変なものを見つけてきました。
それは例の発狂した研究所員の死体だったのです。

「人が死んでいる」というので私達がかけつけ、一目見たとき背筋に
電撃が走りました。
遺体は死臭もなく、肌は艶々で、マネキンの皮膚のように堅く、
そして耳の後ろからは陰性の美とでも言いましょうか、清楚で可憐な
花にも似た「きのこ」が数本揺れていたのです。
しかし遺体の中は中空になっており、底には米糠のようなサラサラした
粉が少し溜まっていました。

死体は、一目で子供たちが犯人でないことが分かり、簡単な事情聴取で
帰されました。
この事件は、新聞にもテレビにも報道されることはなく秘密裏に処理され、
それが私に妙な不信感を与えました。

二三日すると、幾人もの人がこの研究所を訪れました。
その中には、知った顔の人もいました。
「えぇーと、あの方は確か政府の要人 防衛庁長官、「えっ」なぜ
政府の要人がこの研究所へ?」
私は、これは徒事(ただごと)でないと思いました。
「生態研究所・政府の要人・戦争・細菌兵器」

女房から電話があり、「二人の子供が帰っていないけれど、
そちらに居るのでしょう」と云うのです。
私はガクゼンとしました。
この事件があって、二人の子供はすぐに帰したはずです。
私はすぐ帰宅し、心当たりを電話したり、警察署に捜索願を
出したりしました。

しかし、この事件に政府が絡んでいるとなると、警察に届けた
ところで どうなるものでもありません。
「二人の子供は、政府が口を封じたのでは」
頭をガーンと殴られたおもいでした。
とすると、この私も今はただ 泳がされているだけでは?

テレビで臨時ニュースがはいりました。
「警察署内で数人の警察官が同時に発狂し 暴れている」というのです。
その顔写真が映しだされました。
見覚えがあります。
あのとき検死に当たっていた人たちです。
その警察官たちが、その後どうなるであろうかは、私には予測がつきました。

ニュースが終わるか終わらないうちに、博士から電話がありました。
すぐ研究所に戻れというのです。
私は、「二人の子供が行方不明で、それはできない」と云うと、
「子供二人は預かっている。一人で人目につかないように来い」と
指示するのです。
女房には、「研究所に子供の手がかりが有るかも知れないから、
ちょっと行ってくる」と言って向かった。

博士は、宇宙服のような格好で出てきた。
私にも同じ物を着るようにと差し出した。
私は咳き込んで、「子供たちは何処に」と云うと、
「無事だ」といって にべもない。

子供たちは、地下牢に入れられていた。
この研究時に地下牢があったなんて。
二人の子供は、私を父親だと気づかなかった。
博士は何度も出入りしているらしく、子供たちは落ち着いていた。

私は、この一連の事件は徒事ではないし、その鍵はこの博士が
握っていると、うすうす感じている。
そこで子供たちは暫くこのままにし、博士の話を聞く事にした。

博士は別の部屋に私を案内した。
そこには、例の死体とそっくり同じの、耳の後ろから「きのこ」を
出した遺体が置かれてた。
それは ここの所員のもので、三時間ほど前に発見されたものだと
云っていた。

私たちは遺体から出ている「きのこ」に いろいろの放射線を当て、
各種フィルターを通して観察することから実験を進めた。

思惑は見事に当たり、肉眼では見えなかった胞子が、
紫のダイヤモンドダストのように立ち上っていた。

博士は沈痛な面持ちで、ポツリと言った。
「人類の最期かもしれないね」

もうこの事件は隠し通せなくなっていた。
数日して、発狂した警察官は ボロボロになり、死亡したと、ニュースは伝えていた。
そしてその原因が、耳の後から出る あの「菌」にあることも・・・・・
博士が子供を監禁したのも、菌から遠ざけるものとわかりました。

このニュースは世界中に報道され、そしてその間にもこの胞子に侵され、
発狂を経て間もなく死亡。
それこそ鼠算式に人々を感染・侵食していったのです。

街は逃げ惑う人たちでいっぱいです。
道路は渋滞し、航空機や船舶で逃れようと空港や港は大混乱です。
しかし各国政府は、菌の持込を阻止しようと、空港や港を閉鎖し、
受け入れ拒否宣言を出しています。
また、軍隊による沿岸警備や、迎撃ミサイルまで用意した所もあります。
ニューヨークでは、粘着シート入りのマスクが、ものすごい高値で売られ、
政府高官などは核シェルターへ避難したとのことです。

更に核兵器の準備もされました。
それはむしろ胞子を全世界に バラ撒く結果になるとの反対意見もあります。

テレビには、ジャーナリストの悲痛な声が響きます。
「街には家族を失い、さ迷う子供達や、足の踏み場もない死体の山で
溢れています。
かって大地震や大津波、猛威を振るったスペイン風邪、
そして忌まわしき戦争と、私たち人類は幾たびも その試練に耐えてきました。
しかし、第三の生物「菌」こよって人類が滅ぶと、誰が予想したことでしよう。
私たちは、人類史 唯一無二のパニックを経験しています。
あぁー、ジャーナリストとしての私も終わりです。
人類のフィナーレに立ち会えた事に誇りを持ち、潔く散ろうではありませんか。
では皆さん、これで終わりです。・・・さようなら・・・」

私も恐竜の絶滅とオーバーラッブして、既に覚悟を決めていました
それにしても、二人の子供たちと 私達は何故生きているのでしょう。
私と博士は、子供たちが来たときからの行動を、残らず再現してみました。
そして「はた」と心に閃くものがありました。
子供たちの喧嘩です。
実験室を泥だらけにしたあの「泥」。
あの泥は恐竜のその後と関係あるのではないか。
化石が残っているということは、その恐竜は「菌」に侵されなかったのだ。
菌の死骸は、活性菌を寄せ付けない。

子供の喧嘩で、私達はあの泥をたっぶり吸い込んでいる。
もう実験をしたり、ワクチンを作っている暇はない。

電話回線が使えない以上、私たちも出かけるしかありません。

恐竜の泥をいくばくか持ち、車で出かけました。
それは、今からワクチンの開発を急いでも、ただ無意味に犠牲者を
増すのみです。
それに感染ルートも、喉なのか眼なのか、汗などを媒体して進入しているのかを
掴んでいる分けではありません。
方法は一つ。私たちと同じように、体中に浴びることです。
そしてそれは、犠牲者の遺体に残された あの米ぬかのような粉。
胞子が最も嫌う自らの死骸。

 山の中の研究所とは違い、街に差し掛かったところで私たちの一刻も
早くという気持ちをよそに、車はもう駄目でした。
道路は完全にマヒをし、人影すらありません。

博士と私は、研究所に戻りました。
博士が持っているアマチュア無線機が最後のたのみです。

皮肉にも、通信の取れた相手は、小さなヨットで航海中の・・・
今回のこの事件を全く知らない冒険家でした。
とにかく彼らの助けを借り、復帰へと歩み始めました。

 妻はどうなったのでしょう。気になりますね。・・・作者 

他の作品は、こちらをご覧ください。

 

 

 

クラシック音楽や、防音関係は、こちらをご覧ください。

 

 

 

よろしかったら、感想メールをください fine


 


点描画  工藤 優飛(中2)